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福島地方裁判所郡山支部 昭和34年(わ)29号 判決

被告人 松田武雄

昭一〇・一一・二〇生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は自動車運転者であるが、昭和三三年一一月二四日午後四時頃、普通貨物自動車宮一あ〇六三九号を運転し、時速約二〇粁の速度で国道四号線を南方から北方に向け進行し、宮城県名取郡岩沼町字町北四九番地附近に差しかゝつた際、約一五米前方の道路左側を自転車に乗つて同方向に進行中の大村孝一を追越そうとしたのであるが該所は幅約六・一米の道路であつて、折から前方道路右側を普通貨物自動車が逆進して来たのであるから、かゝる場合自動車運転者たる者は追越しを中止するか若しくは警笛を吹鳴して前進自転車運転者の注意を喚起して避譲せしめ、その挙動に絶えず注意をしながら十分な間隔を保ち、他方逆進自動車の進行状況にも注意を払いつゝ追越し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らずこれを怠り、漫然前進自転車を安全に追越せるものと軽信し、速度を約一〇粁に減速したのみで道路中央附近を進行して追越そうとしたため、前進自転車を追越そうとした瞬間逆進自動車と至近の距離に迫つたことに気づき把手を左にきつたため、前記大村に東体左側後部附近を接触させて顛倒せしめ、同人の頭部を左後車輪で轢過して同人に対し、頭蓋骨々折脳挫滅の傷害を与え、因つて同人をして右傷害のため即死させたものである。

というにある。

(無罪の判断)

よつて按ずるに、

一、当裁判所の検証の結果及び司法警察員の実況見分調書を綜合するに、本件事故発生現場である宮城県名取郡岩沼町字町北四九番地先は四号国道にして道路の両側は商店街をなし、交通量は多いが平担直線をなし見透しのよい幅員六・一二米のアスフアルト舖装であつて、其の両側は幅員〇・四乃至〇・四五米の側溝があり其の上にはコンクリートブロツク様のもので蓋をし、右側溝蓋上からアスフアルト路面までは約一〇糎の急勾配の高さがある。

二、右実況見分調書によれば被告人の運転した普通貨物自動車(宮城県一あ〇六三九号)は七屯積、長さ八・四米、幅員二・四九米、高さ三・四米、右ハンドルの構造を有する大型貨物自動車である。

三、前記各証拠及び橋本弘の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書を綜合すると、本件現場附近を被害者外一名(外一名は鎌田哲郎)が、昭和三三年一一月二四日午後四時頃被告人の運転する自動車に、先行し、自転車に各乗車し北進中であつたが、その際被害者は前記道路の中央より略左、そして更にその左側に鎌田哲郎と横に並んでいたが、被告人の運転する自動車の接近を知り、被害者は更に道路の左側により鎌田に先立ち同人と縦に一列となり被告人の自動車に道を譲つたところから被告人としては其の側を徐行しなから之を完全に追越し、前方より進行して来た貨物自動車と擦違う為速度を時速四・五粁(被告人は一〇粁という)に減じ徐行していたことが認められる。このように自動車に先行する自転車が接近する自動車に気付き、自ら道路の片側を走行し、しかも前記のような幅員ある道路においては自動車運転者としては更めて警笛を吹鳴し、これに注意を与えて避譲せしめる必要はないものと言わなければならない。従つてその自転車の側を通過して追越したとしても之を非難すべき限りではない。

四、証人鎌田哲郎の証人尋問調書によれば、被害者は同日正午頃焼酎約一合を飲み、又前記橋本弘の司法警察員に対する供述調書に徴するに、同被害者の自転車運転状況は普通でなかつたことが窺われる。

五、証人鎌田哲郎の尋問調書、前記実況見分調書等によれば被告人は前記のように被害者を追越し、更に反対方向より進行して来た貨物自動車と擦違うため徐行していたところ、一旦追越された被害者(被害者は事故現場より数米進行し自動車と離れ左折するため進出したとも考えられる)が更に被告人の運転する自動車に追付き更に右自動車の左側道路残幅員約一・六米の点迄進出し、自動車左側より七、八寸距てたところを走つていたことが認められる。そして被告人が反対方向から進行して来た自動車と擦違い再び通常の速度で運行するときは右自転車に乗車するものに対し速度を増すことを合図する義務はない、また前記のような右ハンドル、大型貨物自動車にあつては不可能のことである。

六、証人橋本弘が当公判廷において、自分は本件事故当時被告人の運転する自動車の左側助手席に乗車していたが、被告人が被害者の自転車を完全に追越したことは、同自動車に備え付けてあるバツクミラーの視角よりも明かである旨の供述している。

七、前顕各証拠によれば、本件事故直後被害者乗用の自転車の前車輪が道路のアスフアルト舖装部分より更に左側(側溝蓋上)まで出ていたこと等を考え合せると被告人が反対方向から進行して来た貨物自動車と擦違つてから、被害者の乗つていた自転車の速度よりも、より速度を出したため被害者の乗つていた自転車、或いは被害者の身体の一部が被告人の運転する自動車に触れ、ために被害者の自転車が平衡を失い約一〇糎低い側溝蓋上に前輪を乗り入れ、被害者が被告人の運転する自動車の左前車輪とその後車輪との間に仰向様に倒れ、後車輪でその頭部をひかれたか、乃至は被害者が酩酊していた為狭い道路(自動車の左側)で自転車の繰作を誤りアスフアルトの路面より約一〇糎急激に低い側溝蓋上に乗入れた結果平衡を失つて前同様の姿勢で倒れたか、そのいずれであるかとも想像することも出来ないわけでもない。

以上の次第にして本件は追越を中止しなければならない場合に当らず、警笛吹鳴を必要とせず、結局犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をするものである。

(裁判官 菅家要)

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